第 1 回 複素数を使った解析

本日の内容


1-1. 便利なツール

パソコンを使った便利なツールとしてつぎを挙げておきます。

MuPAD
フリーの数式処理ソフト。回路方程式を解いたり、複雑な関数のグラフを 書くのに便利
Circuit Maker
回路のシミュレーションを行うソフトウェア

1-2. 線形電子回路とは

線形性とは足し算や定数倍ができるようなものを言います。 増幅器が次の性質を持てば線形であると言えます。

  1. 入力信号を二倍、三倍にすると、出力信号が二倍、三倍になる。(図)
  2. 入力信号1を入れた時出力信号1が出て、入力信号2を入れた時、出力信号2が出るとする。その時、入力信号1+2を入れると出力信号1+2が出力される(図)

1-3. 回路の解析

実際の電子回路の動作を、なんの条件なしに解析するのはとても複雑です。 例を示します。 コンデンサだけの単純な回路(一応四端子)を考えます。

前期の授業での立場

前期では、次のような立場をとってました。

直流
コンデンサには電流は流れない
交流
コンデンサ、直流電源は抵抗 0 の導線と見なす

与えられた回路はこの立場では次の回路になります。

V2=V1 より 電圧利得は 1 となり、入力信号は直接出力に伝えられます。

しかし実際にはそのようなことはありません。 前期の立場は回路の大まかな動作原理を理解するには便利ですが、回路の特性 を考えるにはあまりにも雑です。

そこで本講義ではコンデンサを導線とはみなさない立場をとります。

一般的な微分方程式による解法

入力信号として時刻tを一般の関数f(t)で解析すると非常に複雑になります。 ここでは入力電圧V1=f(t)をこの回路に入れた時、出力電圧 V2がどうなるか計算してみましょう。

コンデンサにかかる電圧をVCとすると、公式 Q=CVより

    1
VC=---Q
    C

(Q は電荷、 Cはコンデンサ固有の静電容量)。

電荷の量は電流の積分になるので、V1I で表すと次のようになる。

    1
V1=---∫Idt+RLI
    C

これをIについて解くと次の式が得られる。

    1
I = ---e-t/RLCV1'e-t/RLCdt
    RL

従って求めるV2=RLIは e-t/RLCV1'e-t/RLCdt となる。 もとの関数に対して微分や積分の処理をしなければならない。

本講義のアプローチ

解析を簡単にするために次の 4 つの事実を用います。

  1. 微積分は線形性がある
  2. 指数関数 et は微分や積分をしても形が変わらな い
  3. あらゆる関数は周波数の異なる(正弦波のような)周期関数の重ね合わせで 表すことが出来る(フーリエ変換)
  4. オイラーの公式 ejθ=cosθ+jsinθ(j=√-1)

一般の入力信号f(t)は周波数の異なる正弦波の和とし て表すことが出来ます(フーリエ変換)。 線形電子回路では「正弦波の和」を増幅することと、正弦波をそれぞれ増幅し た後に足し合わせることは同じ事になります。 つまり、正弦波がどのように増幅されるかだけを考えれば、一般の入力信号が どのように増幅されるかがわかります。

一方、正弦波をオイラーの定理を用いて指数関数の形で書いて与えると、微積 分の解析が不要になります。 (電気回路ですでにならったとおり)角周波数がωの時、静電容量 C のコンデンサ、自己誘導 Lのコイルはそれぞれイン ピーダンスが 1/(jωC), jωLとなり、これを用いて 回路方程式を解くことにより、回路の特性がわかります。

入力信号として、正弦波を考えます。 正弦波の一般的な形は Acosωt+θ です。Aは振幅、ωは角周波数、tは時刻、 θは位相を表します。 但し、オイラーの公式に基づいて指数関数で表すと Aej(ωt+θ) と表せます。

ここで、先ほどの前提より単一の周波数ωだけに固定して考えま す。 正弦波は角周波数、振幅、位相で決定されますが、ωのある項 を省略してしまうと、入力信号は Aejθ として表すことができる。 これは外見上単一の複素数になってしまいます。このような表示のことをフェー ザーと呼びます。

電圧や電流がこのように一つの複素数として扱われている時、 V, I, と表します。

この解法により上記の回路の特性を調べます。 入力信号をV1 とすると、 出力信号をV2 は、次のように表されま す。

     RLV1
-----------
  1
 ---- + RL
 jωC

したがって電圧利得は次のように複素数になります。

           1
Av = ------------
          1
       ------- + 1
       jωCRL

1-4. 複素数の復習

実数に√-1=jを加えた集合を複素数と言います。 jにどんな実数をかけても実数になりませんから、複素数の表示は (実数)+j(実数) という実数の二つ組になります。 複素数 z=p+jq に対して p実部(Real Part) q虚部(Imaginary Part) と言います。 p-jq共役と言います。 複素数の大きさ|z|は√ (p2+q2)で表されますが、こ れは複素数に共役をかけたものの平方根になります。

実部を横軸、虚部を縦軸にとった平面を複素平面と言います。 複素数 z=p+jq に対して、原点か ら複素平面上の座標までの距離は大きさになります。 また、横軸とのなす角を偏角と言います。 大きさがA、偏角θの複素数の 実部は p = Acosθ 虚部は q = Asinθ なので tanθ=q/p より偏角は θ =arctanq/pとなります。

複素数を指数関数の形で表示するとかけ算、割算が容易になります。 z1=A1eθ1, z2=A2eθ2 に対して z1z2A1 A2 e θ1 +θ2 に対して z1/z2 は (A1/ A2) e θ1 -θ2 となります。

-1 = ejπ, j = ejπ/2, -j = e-jπ/2 ですので、次が成り立ちます。

-Aejθ = Aejθ
jAejθ = Aejθ+π/2
-jAejθ = Aejθ-π/2

分数の分母に複素数がある場合、分母の共役を分子分母にかけると分母が実数 になります。

   1       1      p-jq
------ = ------×------
 p+jq     p+jq    p-jq

          p-jq
       = ------
          p2+q2

1-5. デシベル

利得などエネルギーの比はしばしば対数を用いて表されます。 通常10を底にした対数を 10 倍したものに単位として dB(デシベル)を付けて 表します。 例えば、入力に対して、出力が 100 倍になった時、 10×log10100 = 20 dB の利得があると言います。

一方、電圧比や電流比に関しては 10 倍ではなく 20 倍します。 例えば、入力の電圧に対して、出力の電圧が 100 倍になった時、 電圧比は 20×log10100 = 40 dB です。

利得をデシベルで考えると多段の増幅器を接続した場合、全利得はすべての利 得の和で表すことができます。

log102=0.301, log103=0.4771, log105=log1010/2=1-log102=0.699 より、 2倍の利得は 3dB, 3 倍の利得は 4.7dB, 5倍の利得は 7dB などとなります。

1-6. 宿題

次の回路の電流利得を求めなさい。


坂本直志 <sakamoto@c.dendai.ac.jp>
東京電機大学工学部情報通信工学科